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プロフィール
さとう高広
さとう高広
「さとう高広」
鹿児島育ちの53歳。
武岡台高等学校1期生、野球部。
アメリカ短期留学を経て東京へ登り
世界各地をクルーズスタッフとして見聞する。

10年後、再び 鹿児島へ戻り、様々な地域振興活動に携わる。

2012年 鹿児島市議選 初当選
現在4期目
オールマイティーな政治家を目指します!
渾身の力で!!!


オーナーへメッセージ

2008年02月14日

夜空の親父と・・・

平成10年7月、真夏の太陽がギラギラと照りつける暑い日に 結婚した。
高校球児だった自分としては、ベストシーズンだと思ったのかもしれない。

その1年後には 長男が誕生した。

風のような生活をしていた自分にとって
家族について落ち着いて考えることは
人一倍 大変なことのだったのかもしれない。

いつも自分の夢という大きな目標に向かっていたので
現実では、毎日同じ事を繰り返すという生活を
受け容れることが 難しかったのかも知れない

その事で、家族には迷惑をかけたと思う。

それでも、家族は自分にとって なににも替えることの出来ない
大切な宝物であることは、間違いなくて
こころの何処かで いつも それを失ってしまったら
自分はどうなるのかという 恐れをもっていたような気がする。

これは、実は、その時の生活が
苦労してたけど、かけがえのないものだからこそ
そんな気持ちになったのだと いまでは思っている。

結婚する4年前に
親父をなくした。

44歳という若さで、旅立っていった親父。
親父には、何もできなかった。してやれなかった。
お互いの言葉尻を捕まえては、喧嘩ばかりしていた。
その時は、なんで自分の気持ちを分かってもらえないだろうという
焦りにも似た感情ばかりがあって
まともに、向き合うことが、格好わるいと思ったし、照れくさかった。

その自分が 今度は 親父になったのだ。
家の中にいても 周りの景色が変わった。

そうなってはじめて、気付いたことがあった。
この小さな目が自分のことをじっと見ていて
小さな命が自分を必要としている。頼りにしている。

幼かった頃の自分と重ねてみて
親父の背中を追いかけていた頃の 自分が見えた気がした。

その時 はじめて、親父の偉大さを感じた。

気がつけば、自分も 親父の歳まで
もうすぐそこまでという歳になってきた。

子供たちは 自分のことを 親父より頼もしく感じているのだろうか
そして、自分は 親父より強くなれているのだろうか

親父の事を思い出していたら 無性に、親父と飲みたくなった。

今日の夜は、久々に、夜空に向かって 乾杯しよう。

タグ :親父家族


Posted by さとう高広 at 16:44│Comments(2)
この記事へのコメント
亡くしてから気づくことって多いですよね。
子供たちにとっての自分はどうなんだろうと
考えると、自信がなくなります。。。
精一杯愛してあげたいと思うこの頃です。
Posted by forest at 2008年02月15日 11:56
Forestさん
そうですね。
自分自身が子供だなと思うことが多くて
なかなか、理想のオヤジにはなれていない気がします。
せめて、甘えられる存在であろうと思ってたら
甘やかしすぎてたり・・・
難しいですね。
Posted by さとう高広 at 2008年02月15日 16:38
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夜空の親父と・・・
    コメント(2)